Pas de CFCL
Photography by Yumiko Inoue
中野香織 × 高橋悠介
中野:
「今の日本らしさ」と「西洋バレエとファッション史」、「身体と衣服」などについて触れられればと思っています。バレエとCFCLの衣服のコラボレーションをお考えになったのはなぜでしょうか。
高橋:
ダンス自体にそもそも興味がありました。バレエを選んだのは、CFCLのアイコニックなアイテムであるPOTTERYドレスのシルエットに親和性があるから、ニットのストレッチ性が身体表現に幅を生み出せるから、などいくつか理由はありますが、バレエ文化との交流への興味が一番かもしれません。
高校生の頃にファッションを好きになり、日本のファッションブランドとピナ・バウシュのコラボレーションを知りました。それが一つのきっかけとなり、ダンスやバレエの公演を見始めるようになったんです。ロンドンに留学した際にはフォーサイスやローザスをはじめ、さまざまなダンスカンパニーの舞台を見ていました。他にも、1990年代には日本のブランドとダンスカンパニーのコラボレーションが数多くあり、世界的な話題にもなっていたと聞きます。そのため、ダンスとファッションのつながりは感じていました。
中野:
少し調べるだけでも、歴史的にファッションとバレエのつながりが深いことはわかります。20世紀以降だけでも、シャネルのバレエ・リュスとの関係は有名ですし、イヴ・サンローランもノートルダム・ド・パリをはじめ、たくさんバレエの衣装を作っていました。ピエール・カルダンもアンナ・カレーニナやカモメなど、当時のロシアバレエ系の衣装を手がけています。クリスチャン・ラクロワもそうです。逆に、バレエがファッションのインスピレーションになる例も現代まで多くありますね。
高橋:
今回のプロジェクトで意識したいのは、バレエという西洋を象徴するパフォーミングアーツと日本を拠点にするブランドが一つのプロジェクトとしてともに活動をする意味です。単純な憧れによる引用でも、西洋至上主義でもなく、日本人としての視点でどう考えるのか。また同時に、90年代の日本人デザイナーの先人たちが築いてきた焼き直しでは意味がない。当時のような、ポストモダンの文脈で生まれる脱構築的な考え方や、イースト・ミーツ・ウエストの価値のようなものから現代的なアップデートが必要ではないかと。だから改めて、バレエと衣服の関係性を解釈したいのです。でも自分なりの結論としては、西洋とか東洋とかという観点はもはや不要なのかもしれないと思っています。
中野:
高橋さんの世代は、一通りそういう考えが落ち着いた後に育っていますよね。文化においても上下関係のないフラットな状態は、これからもっと必要な観点になるのだと思います。アンチでも崇めるわけでも、卑屈になるわけでもなく、フェアな視点で捉える。
高橋:
自分の父親は、中学生だった1970年に大阪万博を訪れて初めてピザとスパゲッティを口にした。それを聞いて驚いたけれど、そういう世代なんですね。でも僕たち以降の世代の場合は生まれる前から東京ディズニーランドがあったし、ゲームのキャラクターはマリオにしろゼルダにしろ、西洋的な世界観のものだらけで、それが日本文化として輸出され、受け入れられているんですよね。だから今の時代になにをもって「日本的」と考えたとき、ネグリチュードのような考え方は植民地化を経験していない日本人には難しい反面、敗戦後のGHQの政策をすべて受け入れてきた感覚と室町や奈良時代から続くような日本文化の蓄積の、ある種のフュージョンのようなものは感じています。
中野:
文化の盗用問題も、2015年頃からSNSを中心に激しくなりましたが、基本的には植民地支配を経験した国が中心となっている印象はあります。日本文化の盗用に関すると、そこまで事例は多くなく、まだ鈍感な部分も残っていますね。
高橋:
明治維新で近代化と西洋化がほぼ同じ意味となり、日本人がスーツを着ることで西洋に文化的に支配されているように見える構造になっていたとき、テーブルを囲み急須でお茶をいれるような関係をうまく生み出していったんですよね。それは民芸の本が戦時中でも出版されていたことからもわかります。
中野:
折衷主義というのは、日本的な抵抗だったのかもしれませんね。生き残るための戦略は、大声で叫ぶことではなかった。
高橋:
バレエの話に戻ると、素直に、ダンサーの身体の鍛えられた美しさや跳躍力、柔軟性などに、かっこよさを見出す自分がいるんです。身体を通じた衣服の表現の拡張性を感じています。CFCLは今の時代性を表現する必要があると考えているので、プラスサイズモデルや一般的なブランドより上の年代の方もモデルとして起用しています。また、子ども服も展開しているので、結果的に2歳から80歳までがCFCLのモデルをしてくれている。ストレッチ性があるから、体型や年齢を包括できる。そういうふうにインクルーシブな服として発信しやすい一方で、鍛えられた身体による表現に挑戦したい気持ちもあります。
中野:
バレエの発端は跳躍と回転にあるといいますが、CFCLの衣服はそれに適してもいます。17世紀にバレエが一つの文化として成立し、現代まで続くクラシックバレエとしての形が生まれました。
高橋:
同時に、チャイコフスキーの三大バレエだけでなく、ストラヴィンスキーやプロコフィエフなどによってアップデートされてきたものでもあります。衣服も同じで、伝統はありつつも、すごいスピードで進化を重ねてもいます。
中野:
スーツのシステムが生まれたのもちょうど17世紀の同じくらいの時代ですが、完成されてからデコンストラクションされていろいろな形になりましたね。クラシックバレエにも回転や跳躍を始めとしたポージングには技術的な頂点があります。
高橋:
たしかに、そこへの興味はありますね。西洋的、日本的によるわけではないけれど、文脈を日本人なりに知りたいというのはあります。
先日あった国内PR展で、一部のメディアからのフィードバックとして「日本的な文化のイメージがない」という指摘があったらしいんです。たとえば着物からインスピレーションを得たディテールや日本的な染め物、わびさびみたいなわかりやすい部分が未だに求められている現実もありますね。もちろん日本を代表するブランドになって、世界にチャレンジしたいとは思っています。でも個人的には結果的に調べたら日本発のブランドであると思ってもらうくらいが心地よいかもしれません。